僕は団体行動が苦手です。
 マイペースで好きなようにやれるし、何をするにも自分が決めて動けばいので、相談したり
反対されたりすることがないので、とても身軽です。
 反面、客観的な意見や見方に欠けるので、後でしまった、と思うこともよくあります。
 また最近特に強く感じるのは、夢や目標を持って行動していくのに、1人だと「まあいいか」と
妥協したり、あきらめたり、途中で休んでしまう確率が高いんじゃないか、ということです。
 みんなと協力して目標に向かっていると、仲違いや意見の相違など、煩わしいことも多いです
が、やっぱりみんなの目があるし、ひとりひとりが共通の意識を持っているので「自分もやろう」
と、ひとりの時よりも意志が持続するんじゃないかと思います。
 「何を今さら、こんな小学生でもわかるようなことを言ってるんだ」と思われるかもしれません
が、約10年ひとりでやってきました。今でも誰かを雇うつもりはありませんが、夢や希望を
分かち合う仲間は本当にかけがえのない存在だろうな、と身に染みて感じています。
 そのためには何よりも、自分の夢を曇りなく語ることが第一ですね。
 夢を語れる、元気で強い自分でいたいです。

 朝顔は朝日を浴びて花を開かせますが、24時間陽が当たる状態では開花しないそうです。朝日が
昇る前の暗闇、夜の冷気がないと開花しないことを、ある植物学者が実験したそうです(致知出版社
「小さな人生論1」より)。
 何でもずっと同じ状態、同じ環境であることはなく、反動によっていろんな波があるということ
だと思います。例えば困難な状況になって、どう解決していいのか分からないようなときも、その
先に反動で素晴らしい未来があると信じるしかない、ということでしょう。困難や障害の真っ只中
にいるときは未来なんてイメージできる気持ちになかなかなりません。そんなときにでも夢や希望
を心に抱いて、日々大切に生きられる心の強さが必要なんだよなあ、と感じます。
 きっと自分の道を切り開いた人たちは、行き先を見失うことなく、困難を乗り越えていった人
なんだろうな、と思っています。暗闇の中で花開く時を待つ朝顔のように、自分が輝く時を信じて
暗闇の中でも強く立ち続けるしかありませんね。

 月刊「致知」2008年9月号で、脳科学者の茂木健一郎氏が次のように語っていました。
 「私はNHKテレビ番組・プロフェッショナルでキャスターをさせていただいているのですが、
そこに登場する第一線で活躍されている人たちには、誰一人として「私が、私が」という方が
いません。皆、世のため人のため、自分を無にして働いているというような方々ばかりなのです。
結果としてそういう人が大成されている」
 頭ではそれじゃダメだ、と思っていても、目先のお金や成果につい飛びつく自分がいます。
痛み止めや麻薬のように、後でダメージが出ると分かっていても、今の苦痛を避けるために目の前
のニンジンに振り回されてしまいます。
 利他の心、と言いますが、自分の心の習慣を自分で変えていかないと、いつまでたっても独り
よがりの人生のまま、歳をとってしまいます。独りよがりの年寄りになったら、きっと可愛げが
なく子や孫に煙たがられてしまいます。
 自分のそんな部分を知っているだけに、情けなさ倍増です。

 日経新聞11月13日付記事に「環境省が12日発表した2007年度国内温暖化ガス排出量
が過去最高を記録」とありました。温暖化ガスを出さない原子力発電所が停止した影響が大きい、
と書いてありました。京都議定書の公約を守るには、2007年度比で13.5%の削減が必要に
なるそうです。今後の稼働率を左右する第一の要素は原発の稼働率向上、ともありました、
 昨年度原発が停止したのは、7月の新潟中越沖地震で柏崎原発が停止したのが理由です。なぜ
停止したかといえば、安全が確保されないからであり、何の安全かといえば人体への影響について
になります。人体に多大なる影響を及ぼす可能性のある原発拡大に、CO2削減を依存していると
いうことならば、一体何を優先すべきなのか考える必要があるように思いました。
 地球温暖化抑制は何のためにあるのか、それは人間も含めた生態系に甚大な影響があるから、
ということはうちの娘でも知っています。それを抑制するのに、人体を危険にさらして原発を
拡大する、というのはどう考えても全く理にかなっていないように思います。
 結局、経済拡大、生活水準の快適さを永遠に求めていることが、大きな錯誤ではないのか、と
感じています。経済が拡大成長し続けるというのは、幻想ではないでしょうか。我々人間は本来、
資源をなにひとつ創れるわけではなく、地球の資源を活用しているだけです。その資源に限りが
あるなら、拡大を絶えず目指すことで、どこかで自滅することは明らかです。
 自分も含めて、本来人間も自然の一部として生かされていることを思い出し、生き方を見直す
時期にあると感じます。

 昨日のブログで紹介した致知出版社藤尾社長の講演の中に「成人の学とは、徳性と知識・技能の
2つがあるが、徳性が本学、知識・技能が末学だ」という言葉がありました。
 知識やノウハウを得ることは、仕事などのやり方を身につける上で大切なことですが、そこだけ
身につけても本当の成長はないし、社会に貢献できるものではない、と思います。
 例えば科学全般、武器、車、原子力、インターネットなど、知識や技術によって我々人間が開発
してきたものは本当に便利ですし、それによって生活は楽になっていると思います。一方で、これら
を使う我々の心がにごったり、歪んでいると、これらは危険な凶器と姿を変えてしまいます。
 仕事でも、表面的な知識やノウハウのみを追うだけでは、真の成果を得たり、長い目で深い価値を
得ていくことは難しいでしょう。
 金融の世界でも、株、FXその他、様々なノウハウ本が並んでおり、その時の状況に煽られて
浅はかなノウハウだけで大やけどをする人はとても多いようです。
 どんなことにおいても、徳性を養っておかなければ、人として真の生き方を全うすることはでき
ないと思いました。簡単に成果を得ようとする自分の安易な気持ちを戒める、自律した生き方や
在り方が問われている気がします。

 昨日は京都で「致知創刊30周年記念イベント」に参加してきました。
 月刊誌「致知」及び致知出版社については度々このブログで紹介していますが、もう5年程
愛読しています。他にも多くの書籍を発行していますが、一貫している理念は「人間学」。人
として懸命に生きている姿、心を伝え続けています。
 発行誌の著者には政財界の錚々たる人達が名を連ねていますが、社会的・経済的に成功して
いることが重要なのではなく、生き方を通して真理、真実を感じ取れる人々を紹介してくれます。
今までどれだけ、致知からの言葉に救われたか、数え切れません。
 昨日のイベントでは、会社内で致知を使った勉強会をされている企業の紹介がありました。
警備会社、税理士法人、リラクゼーションの会社が実際の勉強会の様子を実践してくれて、
見学させていただきました。それぞれが感想、思いなどを分かち合っていくのですが、心と心が
つながっている様子が伝わってきました。仕事に直接関係することではないですが、会社の中で
深い信頼関係が築かれ、何回ものミーティングや飲み会では得られないコミュニケーションが
身に付いている、という感じでした。
 次に致知出版社の藤尾秀昭社長の講演がありました。
 約一時間半強、あっという間に終わったと感じるほど、熱く深いお話でした。
 人間学を伝える、という主旨が、発刊された30年前、どのように受け止められたかは、想像
するに難くないでしょう。まだバブル経済が始まる前で、今ほど生き方や心のことが注目されて
いない時代に、こういったメッセージが簡単に浸透していくとは思えません。ですが、信念と情熱
を持ち、感動・感激を多くの人と分かち合うことを根に据え、ここまで来られた足跡をお聴きし、
人として不変なもの、この与えられた命を燃やして生きることの凄さを感じました。
 また藤尾社長の言葉の中でいくつも感銘するものがありました。ここでは紹介しきれませんが、
例えばその1つに、今まで多くの成功者に会ってきて共通の要素は、成功者は与えられた縁、環境、
仕事など全てのことに感謝し、価値を見い出している、というものがありました。言葉で言うのは
たやすいですが、これを実践することがいかに「人間力」が必要か、わかりますよね?
 そんな人間力を高め、ゆるぎない信念を持ち続けたい、と感じました。

 このところ、5時に起きています。
 早起きは何度もチャレンジしているのですが、ずっと5時半以降か6時前後でした。
 5時頃起きると、朝やることがとてもスムースに進むし、子供が起きてきた頃には掃除も
終わっているので、余裕を持って家族がテーブルを囲めます。
 不思議と昼間も眠くならないんですね。人間は早起きしたほうが体のリズムに合っている
んじゃないか、と思います。
 夜遅くまでおきていると、僕の場合は能率が全然上がらないし、余計なことを考えてしまう
ので、さっさと寝て早く起きることを続けていきたいです。
 これがあっという間に終わってしまわないように、決意しないといけません。

 子は親の鏡とは、よく言ったものですね。
 子供を見ていると、自分の行動や心持ちが反映していることがよく分かります。
 例えば先日、長女が中間テストの結果をなかなか見せませんでした。どうやら思うような点数で
なかったのですが、自分の弱いところ、恥ずかしいことを見せないようにするところなど、僕にも
ありますので、そんな長女の行動から自分が暴かれますね。
 子供に夢を持って活き活きして欲しいと思ったら、自分がそうなるしかありません。責任感の
ある誠実な人間になって欲しい、と願うのなら、自分が嘘をついてはいけません。全ては自分の
行動の鏡なのですから。子供は本当に親のことをよく見ていて、しかも僕にとって都合の悪い
ところに限って模倣します。それを子供を通して見せられると、がっくりきます。
 子供から教えられることばかりです。

 毎日ジョギングしていますが、このところ一日少しずつ走る距離を増やしています。
 走る前に「今日はこれだけ」と決めて始めるのですが、人間は決めたことをやろうとする習性が
あるのではないかと思います。その日に決めた距離を走りきろうと、体も心も反応するようです。
 実際、昨日は約6キロ走りましたが、おとといは5キロくらいでした。おととい5キロ走り終えた
ときと昨日6キロ走り終えたときの体の感じは何も変わりません。ですがおとといはそれ以上走る
余裕はありませんでした。一日で僕の身体能力が劇的に変わるわけではないので、やはり最初に
決めた目標によって、心身機能の働きが変わってくるとしか思えません。
 ということは、ジョギングに限らずどんなことでも、自分が限界を決めるとそのように機能する
としたら、どこに目標を置くのかがとても大切なように思います。ジョギングは結果としてわかり
やすいですが、仕事になるとこんなに簡単に結果に表れないかもしれません。ですが、長い目で
目標を設定し、毎月、毎週、毎日といった単位で実践したことがどう表れるかを継続的にやって
いくことで、それが自分の成長にもつながるんじゃないか、と思います。
 目標を具体的に立てることは、とても大切だと改めて感じました。

 無農薬農業をされている方に「我々の日々の仕事の9割は、収穫や種まきなど栽培に関係のない
ムダなことなんですよ」と聞いたことがあります。その9割は雑草を抜いたりすることだそうです。
 この話を聞いて「すごいなあ」と感じました。9割が「ムダ」かもしれないけど、おいしい野菜
を作るためにその9割を「ムダ」にせず、淡々とやり抜くあり方が素晴らしいと思います。
 僕などは効率、費用対効果ばかりを求めて、大切なことに手をかけず、結果を早く出すことに
とらわれていました。その代償として、結果が出ても後で問題になったり、つながりや売上が継続的
出なく、一過性のもので終わってしまったりして、長い目で見れば全然効率的になっていません。
 効率をよくすること自体が悪いのではなく、長い目で見て何を収穫するのか、手に入れたいのかが
明確になっていないと、目の前の手っ取り早い果実に振り回されることになります。
 9割のムダの中にも、収穫につながる大切な要素があるんですね。
 例えばお礼状などメールで済ませば簡単ですが、ムダな手間かもしれないけど手書きのハガキで
送るということでも、相手に伝わる思いは違うでしょうし、長いお付き合いにそれが影響するかも
しれません。 
 必要な手間を惜しまず、じっくり腰を落ち着けて生きたいです。

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